ベイファンとITエンジニアの狭間で

ベイスターズを応援しながら元気をもらう IT エンジニアのブログ

【YDeB】ベイスターズはビジターユニフォーム・デイを実施すべきだ #baystars

親会社が DeNA になった当初のベイスターズがやっていた企画で好きだったのが,ビジターユニフォーム・デイ だった.

 

参入当時の濃紺のシャツのみならず,パンツも同じ濃紺で,ソックスには水色の2本線.  

色の濃いパンツは下半身が細く見えてしまい,必ずしも野球選手として良いデザインとは言えなかったかもしれないが,この新鮮な感じは好きだった

 

2012年はこのビジターユニフォーム・デイで三浦大輔が通算 150 勝を達成.  

2013年のビジターユニフォーム・デイでは3位広島との雨上がりの死闘を松本啓二朗の勝ち越し弾と梶谷隆幸のダメ押し三点本塁打で制した記憶は,未だに鮮明に残っているベイスターズファンも多いだろう.

 


2012.07.04 三浦大輔 山口俊 ヒロイン 通算150勝

 


2013.9.8 DeNA 広島24回戦 10点快勝、須田今季5勝目

 

本拠地でビジターユニフォームを着用するというのを行った実例で有名なのは2008年の千葉ロッテで,通常は真っ白に染まる右翼席が,真っ黒になったのだとか.


080705 千葉ロッテマリーンズ ビジターユニフォームナイト@千葉マリン

最近は「ブラック・ブラックデー」と銘打って,過去のビジターユニフォームを着たりもしている.

見た目の非日常感もさることながら,新しいユニフォームのデザインや製造をせずに,既存のビジターユニフォームの売上増に貢献できるという点で,営業的にもオイシイのだとか.

 

そもそも,MLB ではどの球団もビジターユニフォームは灰色に都市名が入っているだけの地味なデザインで,チームのブランドカラーを全面に出した白ベースでないユニフォームは,ホームで着用するサードユニフォームという形を取ることが多い.

シアトル・マリナーズのサードユニフォームを着用するイチローや,トロント・ブルージェイズのサードユニフォームを着用する川崎宗則の写真は,見覚えある日本人の野球ファンは多いと思う.

http://media.gettyimages.com/photos/ichiro-suzuki-of-the-seattle-mariners-rounds-third-base-to-score-in-picture-id116848689

http://media.gettyimages.com/photos/munenori-kawasaki-of-the-toronto-blue-jays-runs-to-third-base-during-picture-id169599818

 

「ビジターユニフォームを本拠地で着用する」ということは,日本特有のユニフォームデザイン事情が演出できる非日常なのだ.

 

今季,胸レターを「:DeNA」から「YOKOHAMA」に変更し,より一層「横浜のチーム」をアピールするベイスターズのビジターユニフォーム.販促的にも,ベイスターズというブランドのアピールをするという観点でも,今年はビジターユニフォーム・デイを実施する価値があると思うのだが,どうだろう.

【YDeB】7月7日に何が起こるのだろう #baystars

2016年の横浜 DeNA ベイスターズは,本拠地主催試合におけるイベント日程を発表したが,その中で特に目を引くのが 「7月7日にスペシャルイベントを予定しているが,詳細は後日発表」ということだ.

直前まで企画を練りに練る DeNA だろうからこのタイミングの発表に間に合わなかったのはしょうがないと思うが,

「YOKOHAMA☆STARNIGHT」や「YOKOHAMA GIRLS FESTIVAL」は3連戦をフルに使って展開しているのに対し,
この7月7日のスペシャルイベントはスワローズとの3連戦の最終日1日限りであること,そして何より七夕という日取りであることから,
なにか凄いことなんじゃないかという期待を隠せない.

個人的には,「1夜限りのホッシーファミリーとの再会」だと信じて止まない.

2012年3月18日,惜しまれながら,ホッシーホッシーナ,ホッシーゾは「自分の星へ帰った」.
自分も1塁内野席でその最後の勇姿を見送ったが,そんな別れをした彼らに,この1日だけ逢えるのではないかと期待してならない.

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「横浜に根付き、横浜とともに歩む」という方針をさらに強固にする施策が次から次へと打ち出される今年.
ついにホエールズ時代のマスコット「マリンくん」に「B☆」の帽子をかぶせて再登場させた.明らかに、最後の1ピースとして足りないのがホッシーファミリーなのに、ベイスターズファンなら異論はないだろう.

コンテンツとしても、YOKOHAMA☆STARNIGHT が完全に定着したが、それを上回るイベントはそう簡単に作れないだろうし、実際に実現していない.
「横浜を一色に染める」ことや「オルタナティブユニフォーム無料配布」など、派手さや規模では上回れないとして、どこで差をつけるかと言えば「ノスタルジアに訴える」ことと「希少性」は大きな鍵になるのではないか.

例えばこの七夕イベント今季のみに終わらせず、「毎年、七夕の日に本拠地の試合を組めた年のみ実施」とする.完全に夢のようなイベント.
「横浜七夕クラシック」銘打って、この日のみ復刻ユニフォームで試合をする、などの「準定番化」を狙うのも良いかもしれない.

なんとなく「ウルトラマン」に出てくる怪獣「カヴァドン」思い起こす.
子供の落書きが謎の宇宙線を浴びて実体化した怪獣と化し、それをウルトラマンは退治しようとする.しかし、自分たちの書いた怪獣に愛着を持つ子供達の抗議する声を聞いたウルトラマンはカヴァドン殺すのをやめ、宇宙に連れて行ってしまう.
子供達に「毎年七夕カヴァドンに会わせてあげよう」とウルトラマンは子供に約束するが、「七夕に雨が降ったらどうするんだ」と問う子供には何も言わず、ウルトラマンは姿を消してしまう.

ベイスターズの場合も、一夜限り銘打って出るだけ、天気だけが心配になるが、
それも含めての「希少性」で、ベイスターズというコンテンツの価値を高めるというのも、一つの施策としてアリなんじゃないかと考えた、そんな妄想を展開した次第.

【#Baystars】 2015.8.8 Baystars vs Tigers "Wake Me Up in Mid Summer Night" 三上朋也初登板

8月8日.今年初めて,ハマスタに 『Wake Me Up』が響いた.

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前々から観戦する予定だったのだが,前日の二軍戦を視察した首脳陣が,昨年の球威が戻ったと判断して三上朋也の一軍昇格を決めた.

7回に登板すると,後ろに下がった外野陣の前を落ちる安打2本でピンチを招くが,犠飛のタッチアップが早かったという阪神のミスにも助けられてピンチを切り抜ける.続く8回も続投し,無失点に抑える. 最も良かった時のテンポには今ひとつかな,という個人的な素人並みの感想.嶺井とのバッテリーもあまりなかったからなのかな…

間違いなく,去年の三上が戻ってくるのならば,「9回は山﨑康晃で安泰」たったのが「8,9回は三上・山﨑で盤石」になる.そうすれば,試合も優位に進められる. ファンの誰もがそう信じていたから,三上がリリーフカーに乗って現れたときに,今日一番の歓声が球場を包んだんだろう.

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昨日決勝本塁打を放った乙坂は,今日は初回の四球以降は良い所なし.ただ,佇まいが美しい選手というのは絵になるね.

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写真は撮らなかったけど,モップアップとして登場した高橋尚成は,選手生命が懸かった登板で,最高の結果を残したことになった. むしろなぜその投球が今までできなかった,と思いたいくらい.まさに今日の尚成のマウンドは,あの瞬間だけ10年ほど前にタイムスリップしたような感覚に陥った. 中継ぎが不安定かつ枚数不足という中,ビハインドや大量リード時に2,3イニングを埋める投手が複数人いるだけでチームは安定しそうだな.と思った,そういう意味じゃ昨日の須田や今日の高橋尚成,もっと言うと三嶋一輝もその役割でハマってくれれば,まだまだ上位を伺えるんじゃないかな,と思った.キヨシの言うように,負けたけど収穫の会った試合でしたね.

ということで,仕事に忙しい最近だったが久しぶりに書いてみた.

【#Baystars】2015観戦記 2015.5.5 Baystars vs Swallows "邂逅!精神的支柱・三浦大輔"

1999年以来の「5月5日の野球観戦」,そしてあの16年前と同じ,三浦大輔の先発.
その16年前の思い出話は先日書きましたので,よろしければどうぞ.

mura-mi.hatenadiary.com


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試合開始前はちょっと曇りがち.しかし…

#baystars

試合開始頃には快晴.そのまま試合終了まで持ったので,非常に心地よい観戦となりました.

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もちろん,みかん氷も旨い.


「先発投手三浦」のコールの後に鳴り響く歓声は,ちょっと記憶に無い大きさだった.

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初回,スタジアム DJ にコールされるのを待つ三浦,ここからすでにカッコいい.
試合開始前,外野で遠投をしたり,ベンチ前でキャッチボールする投手も多いが,三浦の場合はこのタイミングまでグラウンドに姿を見せない.これも狙っているのかな.

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正直,二軍でも 3 戦全敗だった三浦の登板に,大きな期待は出来ないと薄々感じていたことは否定出来ない.
それでも首位に 0.5 差,チームが 7 連敗から良い形でリカバリして貯金 4 という最高の舞台に,後押しせずにいられなかった.

蓋を開けてみれば,初回先頭から 2 者連続奪三振.スライダーを中心とした配球で,着実にテンポよくストライクを先行させる.
ゆったりとした二段フォームから切れのある速球とスローカーブで組み立てる 1999 年の投球が「20世紀の三浦大輔」とすれば,
左打者の内角にカット気味の速球を投じてファールを奪ってカウントを整える「21世紀の三浦大輔」の真骨頂を,この日も見せてくれた.


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対する成瀬も負けてはいなかった.
両投手ともコーナーを丁寧につくピッチング,ベイブルーシートの上にある A 席からの観戦は見応えがあった.

三浦が 2 度勝ち越しを許すも,打線が粘りを見せる.特に高城俊人がプロ初本塁打を含む3打点.


三浦が 6 回 3 失点と先発の役目を果たすと,小杉陽太,田中健二朗,山﨑康晃とリレーを紡いでゆく.

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開幕から1ヶ月経過し,敗戦時にモップアップの役割を果たしていた田中健二朗は,8回のセットアッパー役を掴んだ.
この日,ブルペン陣のリーダー格であった林昌範が三浦と入れ替わりで二軍降格.左腕救援投手は田中ひとりとなった.
そのことが,信頼の何よりの証左であろう.

そう言えば,小杉も同じようにロングリリーフから信頼を勝ち取った.
山﨑康晃も,連投への不安は多少残すものの,立派に 11 セーブを挙げている. 先発陣が安定感を取り戻したのと時を同じくして,ひとまずの勝ちパターンがこのタイミングで確立できるのではないか…と,
初めてリードした展開でこの3人を投入して勝った今日のゲームは,そんな意義があるんじゃないかと思う.


#baystars

三浦大輔のヒーローインタビューは,誰もが待ち焦がれていたものだった.
ベイスターズは中堅にあたる年代の選手の喋りに不安が残る (??) 中,
やはり三浦の喋りは小慣れたものである.
しかし,この日は投げる方も見る方も,悪ければまた「引退」の文字がちらつき始める状況で,
そのことをシャットアウトできた安堵,喜び,そんなものも入り混じった大声援だったんじゃないかと思う.


#baystars #山崎康晃 #田中健二朗

Encore Heroes は,8 ,9回を支えたセットアッパー.
健二朗も,夢中に駆け抜けた1ヶ月を「出来すぎ」と評した.
山﨑康晃は強心臓が喋りにも出ているというか,ファンを沸かせよう,楽しませようという気持ちが伝わってくる.
多少生意気なところもあるけど,そういうのも含めて可愛いんじゃないかと思う.

16年ぶりの5月5日.あの日と逆さまの 5-4 での勝利は,「単独首位」という甘美な響きも相まって,
噛み締めても噛み締めきれない想いの詰まった勝利となった.

【#Baystars】忘れじのゲーム 1999.5.5 Baystars vs Dragons "始まり,そして若き三浦大輔"

1999年5月5日.僕はきっと忘れることはない.
父親に連れられて,2人の妹と初めて横浜スタジアムで野球を観た日だ.

それまで,東京ドームでの日本ハム戦を観たことはあった.まだ野球がどんなものかもわからない頃だった.
1998年,小学3年生だった自分は,クラスに巨人ファンの友人ができたことから寝ても覚めても野球に熱中するようになった.時はマシンガンを乱射する横浜ベイスターズが首位を駆け抜けていた.僕はベイスターズファンになった.

5月3日は大魔神が降臨して中日を制した.
前日の5月4日は雨で中止.
そしてやって来た5月5日,子供の入場者にロースターの写真が描かれた下敷きが配られた.まだ実家に残っていると思う.

先発投手はエースに登り詰めんとする若き三浦大輔

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右翼席ポール際に陣取った父親と自分,妹2人.
スターティングメンバーの発表とウグイス嬢の声が聞こえ,席が湧くと,末っ子の妹が「もう終わったの?」と言ったのを憶えている.

遠目で選手の表情なんてわからなかった.
それでも,覚えたての応援歌を歌うのが楽しかった.
自分の座る席の少し右上に佐伯の本塁打が着弾した.
ローズが,駒田がバックスクリーンに本塁打を打ち込んで.
三浦が苦しい場面を迎えた時は,「ふんばれー!」って声援したような,そんな気がする.

後ろに座っている兄ちゃん姉ちゃんが優しくて,一緒に応援してるんだなって思った.
"中日の" ゴメスが流した打球が自分の方に向かってきてヒヤッとしたが,一塁側内野席に切れていった.

そうこうしているうちに負けてしまった.
別段美味しいものを食べたわけでもないし,良いことがあったわけでもない.
それでも,ただただ楽しくてしょうがなかった.


2015年.5月5日に横浜スタジアムに行こうとチケットを押さえた.
あの日と同じ,満員の青空となるか.

中畑清が,4月29日に炎上した高橋尚成の代替となる先発投手は
大ベテランの三浦大輔になるだろうと話したという.
これからローテがずれるかも分からない.雨が降るかもしれない.
でも,どこか期待してしまっている自分がいる.

【#SeibuLions】忘れじのゲーム 2011.10.18 Lions vs Fighters "勝つしか無い,を教えてくれたライオンズ"

自分は小学生の時からベイスターズファンだけれども,大学生の頃は,大学が東京の西部だったり,
大学での生活やアルバイトが忙しく,折しも石井琢朗鈴木尚典多村仁と高校時代のベイスターズを支えた選手が抜けに抜けて年間90敗を続けていた頃で,ハマスタからは正直足が遠ざかっていた.

そんな自分が大学4年生の時に通いつめたのが西武ドームだった.卒業論文で Nostalgia Marketing を取り扱うことを決め,事例分析の対象として埼玉西武ライオンズの継続的な取り組みであった「LIONS CLASSIS」を選んだのだ.

その2011年の7月,僕が西武ドームに足を運び始めた頃のライオンズは最下位に沈んでいた.
それでも,ルーキーの秋山翔吾がダイヤモンドを駆け抜ける姿,
躍動する西口文也
ファンの誰もがチャンスに祈りを捧げる中島裕之
それまでに感じたこと無い,チームの,ファンの一体感にいいなって思ったのだった.

チームは着実に順位を上げながら迎えたこの試合が,僕はきっと一生忘れられないと思う.


10月18日は,9月に台風上陸で中止になった試合の振替の開催となったレギュラーシーズン最終戦.
そして,何を隠そう,3位まで0.5差につけたライオンズはこの試合に勝ち,同日のバファローズが負ければ大逆転でのクライマックスシリーズ進出を果たせるという,すべての舞台が揃った日だった.

この時期,自分は卒業研究の一貫で,西武ドームでファンにインタビューをお願いしていた.どうしてライオンズのファンになったか,どんな選手が好きか,今のチームをどう思うか…
この日はまさに「最後のデータ収集」の日だったのが,口を揃えてファンがインタビュー後の雑談で言ったのが「今日は勝つしか無いですからね.」だった.

それまで,「今日は勝てればいいなぁ」「誰が投げるんだろうなぁ」「村田の本塁打が観たいなぁ」と思いながらハマスタに通っていた自分にとって,
恥ずかしながら,「勝ちたいな」や「勝たなければいけない」ではなく,「勝つ,しかあってはいけない」という気持ちがあるんだ,とちょっと感動したのだった.

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試合は,この年の先発投手陣では岸・涌井にも引けをとらない安定感を見せていた西口が先発.
日本ハムは,シーズン最終戦ということでダルビッシュの先発も予想されたが温存,吉川がマウンドに立つ.


試合は初回,中村剛也本塁打でライオンズが先制する.

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2011年の中村剛也は,驚異的だった.
この年導入された「統一球」によって,球界は軒並み投高打低.何人ものスラッガーが「統一球に潰された」と言われた時だった.
その中にあって,中村剛也はこれがシーズン最後となる48本目の本塁打を放った.
それも,力任せのフルスイングではない,タイミングと技術の賜物のような,高い放物線を描く,将に「美しい本塁打」だった.
この日,自分は三塁側の,一塁と本塁を結んだ線上あたりの中段の席で見ていた. (わかりづらいか^^;)
中村剛也の48号本塁打は,まさに彼の名刺代わりのような打球だった.
バカでかいアーチをを見上げながら,
「きっと…きっと勝てるかも!!」
と思って,どこからか,なぜだか分からないけど勇気が湧いてきたのを覚えている.
中村が三塁あたりを回るころになって,スタンド全体が白いフラッグを振っていて,「ファンが信じるってこういうことか」と知らしめられた.
(ちなみに,白いチームスローガンフラッグはこの日入場全員に配布されていたように記憶している.)

ホセ・フェルナンデスも続く.

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西口は工藤隆人にランニング本塁打を浴びるなどして2失点するも,8回を投げきる. (記録上は外野手の失策がついていたかもしれない…)
8回を終えてマウンドを降りてくる西口に,自然と,内野スタンドの誰もが立ち上がって拍手で彼を迎えた.
下を向きながら,しっかりとした足取りでベンチに戻ってくる華奢な身体が,最高にカッコ良かった.


牧田和久がこんなに荒れるとは思わなかった.
この年,シーズン序盤から先発ローテーションの一角として安定した投球を見せていた遅咲きのルーキーは,しかし援護に恵まれなかった.
時の監督渡辺久信は,典型的な「先発ができればリリーフも出来る」という思想の持ち主だった.
牧田に勝ち運が無いと見ると,すぐさまクローザーに配置転換.これが上手くハマった.
正直に言えば,自分が西武ドームに通い始めた頃には,すでに牧田は抑えとしての地位を着々と築く過程にあった.

その牧田が,単打3本で無死満塁のピンチを作ってしまう.ナンテコトダ,と思わずにいられなかった.
ブルペンに目をやると,石井一久岸孝之が急いで肩を作り始めた.
シーズン終盤に勝ち切れない投球が続いた石井一久は,これまた渡辺久信の判断によりシーズン終盤にセットアッパーの役を担っていた.
思い出すと,こういう起用が当時の西武はかなり当たっていたような気がする.

1死をとった後,代打に出てきたのは脚を痛めてスタメンを外れていた糸井嘉男
絶体絶命以外の何でもない場面の初球,当時すでに天才打者と呼ばれ始めていた糸井が振り抜く.


【2011.10.18】祝CS進出!9回表ノーカット 西武-日本ハム 最終戦 - YouTube

この修羅場を救ったのは,同じくルーキーの秋山翔吾だった.
栗山巧が定位置を掴んでいた外野陣であったが,それ以外のポジションは激しいポジション争いが繰り広げられていた.
今では想像もつかないが,浅村栄斗が左翼を守ることもあったし,坂田遼の打撃にもワクワクさせられた.
それでも,光るものが多かったのは秋山翔吾だった. 脚力,シャープなスイング,守備範囲.ついには栗山巧を左翼に追い出し,中堅手としての先発出場を勝ち取る.
思えば,そんな秋山の成長がなければ,この場面で同点,勝ち越しを許していたかもしれない. (栗山じゃ捕れない,と言っているわけではなく)
伸るか反るかの大一番で,こんなプレーが飛び出すのか…僕は正直に言ってちょっと泣きそうになりながら,興奮も隠しきれず,秋山の名を叫んでいた.

最後は牧田が無事に締めてゲームセット.
大阪で行われていたオリックスの敗戦を球場全体で見届け,埼玉西武ライオンズクライマックスシリーズに旅立っていった.


あまり言いたくはないが,当時のベイスターズファンだった自分に「負け犬根性」があったのは否定出来ない.
どれだけ足掻いても好転しない状況に,「そういうものだから」と直視するのを避けていた.
正直に言えば夏場に取材を始めた時のライオンズが最下位だと知って,「そうか今年は弱いのか」としか思えなかったし,「僕が関わろうとするから弱いのか,申し訳ないな」なんて思ったことがあったのも事実.
それをすべてひっくり返してくれたのが,2011年の埼玉西武ライオンズだった.

着実に足場を固めて快進撃を演じるチームを見て,それまで知らなかった感覚を覚えた.
この年に生まれ幾多の伝説を呼んだ「チャンステーマ4」は,そんな感情を覚えた所沢の左翼席を思い出させてくれるから,思い入れが深い.

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このときの記憶があるから,今になってベイスターズを応援していても,何も悲観しなくなった.
選手は信じればやってくれる.選手だって自分の誇りや人生を賭けているんだから.
そして苦境に立たされても,目の前の壁を乗り越え続ければ道は開けるのだから.
そのことを教えてくれた2011年の埼玉西武ライオンズは,きっといつまでも自分の記憶から消えないんだろう.

【#Baystars】2015.4.25 Baystars vs Dragons "幾多の試練を乗り越えて"

9回表1死.高く上がった内野フライは,三塁側のファールグラウンドに落ちてきた.

#baystars #hyuma

チームの今季初完投をかけた山口が打ちとった打球を捕ったのは,この回に遊撃から三塁に回った飛雄馬だった.
一週間前の日曜日,延長11回に三邪飛を落球したことが,飛雄馬の頭には過っただろうか.飛雄馬はしかし,エキサイティングシートの手前でこの飛球を捕球した.


先生はされたものの,理想的なゲームだった.
1点ビハインドの3回裏,低めから少し甘く入った半速球を嶺井が振り抜く.

#baystars #minei

嶺井が本当に必死だったのは間違いない.
本塁打はもちろんのこと,次の打席の二塁打も得点につながったが,その次の守備のコールに答えなかった嶺井はリードで頭がいっぱいだったんだろう.

#baystars

球場にいるときは,もちろんこの日のスタメンが第三捕手の嶺井である理由はわからない.
アクシデントか,それとも前日の試合がナイトゲームであったことが関係するのか…そんなことを邪推していた.
実際には,スターターの山口俊が昨年の二軍での先発登板時に感じが良かった,という理由で今日の捕手を指名したのだという.
この日の山口は,直球でズバズバと押してゆく横綱投球スタイル.
失点した2回こそ浮いた変化球を叩かれたが,力で押すよう投球に完全に割り切っているうちに変化球の精度も上がってきた.

Instagram

飛雄馬は思い切りバットが振れていた.2つの適時打ともきれいな打球ではなかったが,間違いなく内に燃やしていたものがあったんだろう.
どうしても1週間前のサヨナラ適時失策が思い起こされる.そこから1週間も経たないうちに,金曜はアンコールヒーローズに呼ばれる活躍.そしてこの日はお立ち台に呼ばれる活躍.
今年は『ダグアウトの向こう』シリーズを担当した三木慎太郎氏が球団を離れたが,2014年の同シリーズのサブタイトル「今を生きるということ」というフレーズが思い起こされた.
勝負を分ける失敗をして,それを罵るのは簡単だ.でも,選手の生活も,チームのシーズンも続く.すぐに二軍に落とされてしまうボーンヘッドならまだしも,大なり小なり選手にはチャンスが巡ってくるし,ファンはそれを応援するしか無い.
飛雄馬の意地というか,そんなこと気にしてられんという必死さにちょっと感動した.

#baystars #みかん氷

今シーズン初のみかん氷.試合開始直後くらいまではかなり日差しが強かったけど,その後は小雨もぱらつく天気.
でもちょっとずつ夏が近づいてきたんだなぁと感じさせる天気でした.

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